2013/01/27

『希望の国』


監督:園子温
撮影:御木茂則
出演:夏八木勲、大谷直子、村上淳、神楽坂恵、清水優、梶原ひかり
133分カラー(ごく一部モノクロ)
2013.01.20 桜坂劇場ホールAにて



この映画は桜坂劇場で1月19日からの公開だった。それを20日に見に行った。だからと言って「早く見たい観たい」と心待ちにしていたわけではない。予告編を何度も見せられていて、実はパスしたい作品でもあった。劇場の知っている係の女性にも「観るんだ~?!。」と言われ、「とりあえず早く見ておかないと、見ないで済ませてしまいそうだから早々に見に来た。」と答えた。でもこの人(園子温)の作品って、見るとそれなりに見せてくれる。だから期待よりも良かったというよりも、イヤな予感に反してとても良い映画だった。


園子温の作品は、自分は少々遅れて見始めたのだけれど、最初に見たのは洞口依子と麿赤児主演の『THE ROOM 部屋』だった。この作品に興味を持って、レンタルDVDなどでこの人の作品を見漁った。『愛のむきだし』以後の作品は公開されたときに映画館で見てきた。プルーストではないけれど、映画でも音楽でも絵画でも文学でも、自分はその作家に共通するものを見つけたいと思ってしまう。それは必ずしも正しい(?)あり方ではないかも知れないのだけれど…。そうするとこの人に対する私の印象は、日常的なものであれ、病的であったり極端なものであっても、人を動かす心理とか情念はどういうものであるか?とか、そしてその集合により構成される社会とは?といったことにある気がする。この『希望の国』は、なるほど放射能汚染問題をテーマにしてはいるけれど、それは原子力の是非とか、事故に際しての政府行政や電力会社の対応の問題という切り口よりも、そうした中での「人」とその集合である「社会」のあり方に対する興味であるような気がする。


『自殺サークル』『紀子の食卓』『エクステ』『うつしみ』といった作品と比べれば、いや『愛のむきだし』や『恋の罪』『冷たい熱帯魚』と比べても、この『希望の国』は普通っぽい人々のあり方を描いているようだけれど、基本は『THE ROOM 部屋』以来変わってないように思われる。人はどういうものに、どういう思いや信じ込みによって動かされ、それが社会を作っているかが描かれている。たとえば『自殺サークル』ではちょとフィクション性の強い状況・人々を描いたのだけれど、今園子温が東北地震や福島原発の被災地に深く関心をもっているのは、こういう特異な(極端な)出来事の生じた状況下で「人」のあり方を見つめ、描きたいからなのではないだろうか。



ところであれは『恋の罪』だったろうか?。ヴィスコンティの『ベニスに死す』の曲としてあまりに有名なマーラー第五交響曲のアダージェットを上手く使っていた。この手垢のつき過ぎた曲の使い方の上手さに私は唸った。『太陽』でソクーロフがベルイマンのバッハ無伴奏チェロ組曲第五番サラバンドを使ったあの安っぽさとは大違いだった。認知症の母(大谷直子)が何かの物音を盆踊りの音楽と思い込み、浴衣を着て娘時代の記憶に生きながら立ち入り禁止区域にあるかつての思い出の盆踊りが行われた場所に独り行ってしまう。検問をやぶりその妻を探しに行く父(夫)夏八木勲。今度はここで同じマーラー第十交響曲のアダージョを鳴り響かせたやり方はちょっとズルい感もないではないが、この数分のシーンは、映像・表現の映画性として、近年の日本映画で稀にみる素晴らしいものだった。もちろんそこに至るまでのストーリーを知らなければならないだろうが、このシーンを見るだけでこの映画を見る価値はあるかも知れない。機会があればあのシーンを見るためにもう一度桜坂劇場に行きたい。園子温、やっぱり「映画」というものをわかった監督さんだ。




2013.01.27   
ラッコのチャーリー

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