2本のヨーロッパ映画がほぼ同時に桜坂劇場で上映されています。ドイツ映画『東ベルリンから来た女』とイギリス映画『シャドー・ダンサー』です。この2本はまったく異なった内容の作品ではあるのですが、印象としてどこか似た面を持っていて、劇場のスタッフとおしゃべりしても「こっちは面白いけれど、こっちは退屈だった。」などと2本は比べられる同種作品の体があります。どちらもヨーロッパ映画であること。女性が主人公であること。政治がらみのサスペンスものであること。1本は冒頭で、他の1本は最後でという違いはあるものの、どちらも主人公が重大な選択に迫られるということ。どちらも70年前の例えばナチスの時代を描いているのではなく、ここ20~30年という比較的近い過去を描いていること。そんな点が共通点かも知れません。どちらも映画としては楽しませてもらいました。その最大の功績はそれぞれの主演女優ニーナ・ホスとアンドレア・ライズブローにあるのですが。
さてまず『東ベルリンから来た女』ですが、ベルリンの壁崩壊前、ドイツ統一前、つまり東ドイツが不自由な共産圏国家であった1980年の物語。首都(東)ベルリンの大病院勤務だった女性エリート医師バルバラが辺鄙は田舎の小さな小児病院に左遷されてきます。どうやら西ドイツへの移住を申請か計画かしたらしい。刑務所にも入れられていたとかいうセリフもあったような気もします。今もシュタージ(秘密警察)の監視のもとに置かれていて、家宅捜索などもときどき受けています。彼女には時々東ドイツに商用か何かで来る西ドイツに住む恋人がいます。その恋人の手引きでバルバラは密かに西側自由世界に逃亡をしようとしていて、その決行日はだんだん近づいています。彼女は小児病院で日々勤務するうち、一方では「もしやシュタージのスパイかも知れない」という疑心暗鬼はあるものの、主任医師の誠実な姿に尊敬の念を感じるようになり、心惹かれるものもあります。そんな彼女が迫られるのは逃亡して西の男を選ぶべきか、留まって東の男を選ぶかというもので、もちろんそれには西の自由な世界で暮らすか、東の不自由な暮らしを受け入れるかという選択が重なっています。そこにある患者とのことが関わるのですが、最後に彼女の下した決断とは?、という物語です。
2本目はイギリス作品の『シャドー・ダンサー』。北アイルランド・ベルファストに小学生の息子と暮らすコレット。一緒に暮らす母や兄弟はすべてIRA派であり、活動をしている。コレットは独立して一人で行動するテロリストと言っても良いかも知れないが、子供時代に兄が殺されるフラッシュバックで映画は始まり、彼女がどうして活動家になったかが伺われる。彼女はロンドンの地下鉄爆破テロを試み、未遂で捕まってしまう。しかし彼女が護送されたのは警察ではなく機密諜報機関MI5の一室。家族のテロ活動の情報を提供するスパイとなれば25年の刑になるであろう爆破未遂事件の訴追を免除するという捜査官のマックの提案だった。
どちらの作品もおおむねプラスの評価を受けていますが、どちらかと言えば日本でも海外でも『東ベルリンから来た女』の方がやや評価は高いようです。そのせいかどうか、桜坂劇場でも『東ベルリンから来た女』の方が『シャドー・ダンサー』より上映期間が一週間長くなっています。でも自分としては、いつも天の邪鬼ではありますが、『シャドー・ダンサー』の方がはるかに面白いと感じました。
『東ベルリンから来た女』のプロットの構造を考えてみると、これが実にありきたりなのです。東ドイツの不自由な社会(政治体制)という面を捨象したとき、2つの物語要素があります。一つは主人公の女性が二人の男性のどちらを選ぶかという要素。もう一つは、ネタバレになるのでここでは曖昧にしか書きませんが、西の自由世界への逃亡の決行日におきた出来事に対する彼女の行動です。そしてこの後者を前者、つまり男性選択の物語にからめています。この作品を映画館で見ていて、映画半ばに一種の伏線といえるのかも知れないことが描かれていて、その時点で自分には結末が容易に予想できてしまいました。そう考えてみると、なるほど共産圏東ドイツの不自由な社会のあり方が描かれてはいますが、それはこのメロドラマの味付けでしかないと感じられてしまいます。2番目の物語要素はたしかに東ドイツ社会の問題を描いているかも知れません。しかしそれによってこうした社会を糾弾するというような視点はあってもごくわずかで、やはり物語を動かすのに使われているに過ぎないように思います。結局はニーナ・ホスの演技を見る楽しみだけが残りました。
では『シャドー・ダンサー』は?。こちらも北アイルランド紛争を描くというよりは、それを背景として作られたサスペンス物語だと思います。しかしバルバラでなくても誰でもよい一人物の物語を描いただけの『東ベルリンから来た女』に対して、『シャドー・ダンサー』ではアンドレア・ライズブロー演じるコレットという一人の特定の女性を描いています。少女時代に弟を殺されたという、ちょっと上手過ぎるフラッシュバックを冒頭に置いていること、そして捜査官マックとの関係や(ネタバレはしませんが)あのラスト。誰でもに置き換えられる人物ではなく、まぎれもないコレットという主人公を創造し得ていると思いました。
2013.04.18
ラッコのチャーリー